***  侵入者

(最終日トッズ友情確定後にヴァイル憎悪Cエンド・もしもトッズのエンドロールが愛情エンド後監禁時と共通だったら)

 朝も昼も夜も、風雨が余程強くない限りは露台への窓は開け放したままにしておいた。当主であり王である主に忠実な侍従達がいい顔をする筈もなかったが、「わざわざここから飛び降りて、あいつを喜ばせるつもりはないよ」と言ってみればそれ以後の反対はなかった。どうやら自分はそれなりに哀れまれているらしい。
 しくじった。詰めが甘かった。その代償がこの部屋とこの景色だが、正直なところ悪くはなかった。王として城に閉じ込められるのも、地の果てのこの屋敷に隔離されるのも、大した違いはないような気さえしていた。同じだ。あいつも、僕も。
 今夜も、海を渡る風が部屋に波音を届ける。ぼんやりとその音を聞きながら、寝台の上で仰向けに転がっていると、部屋を流れる空気が、不意に乱れ、一瞬で元に戻った。寝返りを打ち、窓の方を見遣る。
 そこには月明かりを背にして、影が立っていた。
「そのうちに、誰か来るかとは思っていたけど」
 影が口を開く前に先手を打って声をかけてやる。ぴくり、とその肩のあたりが動いた。
「トッズが直接来るとは思わなかった。結構雇い主さんに評価されてるみたいで、良かったね」
「……俺も、レハトがちっとも変わってなくて嬉しいな。驚くフリぐらいしてくれたっていいんじゃない?」
 どうやら腕組みをして窓枠によりかかっているらしい彼は、しみじみとため息をついてみせる。さすがに寝っ転がったままでは話しにくいので、体を起こし、寝台に腰掛けた。
「驚いたよ。それなりには。で、今日は何の用があって、人の寝室に深夜にわざわざ押しかけてきたの?」
「お気に召して頂けそうな品がご用意出来たんでね、久々に直接お顔を拝見しようかと思ったんですよ」
「そう。物は?」
「庇護と力」
 吐かれた言葉に思わず口元が笑いの形に歪む。
「よくぬけぬけとそんなこと言えるね。檻が代わるだけじゃないか」
「けどその檻の質はこことは全然比べ物にならない。抜け出す為の隙間だっていくらでもある。やだなーもう、わかってるくせに、よく言うよねー」
 逆光で顔が見えないけれど、彼の口元もきっとにやついた笑いを浮かべているのだろう。記憶の中にあるものと、寸分違わずに。
「……僕にまだそんな価値があるとは思わなかったな」
「まったまた。前王に指名されたのはお前さん。それに異議を唱えて力ずくで玉座を奪いとったのはあの新王。お前は王権を放棄した訳じゃない、させられたんだ。簒奪者はあちらの方。……そんな建前も、その建前の裏側も、想像できないレハト様じゃないよね?そんなにわからないふりをしていたい?」
「僕が言いたいのはそっちじゃない。トッズのことだよ。ああまで派手にしくじった僕にまだあれこれ構うような律儀な人だとは思わなかった。正直少し意外だ」
「そりゃあね、俺だって俺の立ち位置ってのがあるけどさ。でもレハトは俺をお抱えの商人にして下さったんじゃなかったっけ。何せこの世界、信頼で成り立ってますからねぇ。ご贔屓にして下さったお客様を蔑ろにするなんてとんでもない」
「トッズ」
 強い調子で名を呼べば、トッズは一瞬黙り、自分の頭をくしゃくしゃと掻き回す。数秒の間があって、呟くような声がした。
「……俺みたいなのだってね、選べるなら選びたいんだよ」
 何を、かを意図的に伏せたのだろう声音は不思議に甘く、低い。歯切れよく小気味良かった、聞き慣れた売り口上とはまた別の声だ。睦言の様だ、と感じ、確かに自分は今かき口説かれているのだと思い当たり、妙におかしくなった。
 影の向こうに広がる、夜の海に視線を移す。
 風に紋を刻まれ、星月の瞬きを受けて光るあの城の湖とは全く別の波。人を欺き誑かす果ての見えない魔の領域だ。自らうねり、波を生み、何もかもを呑み込む底の知れない深い黒。
「ねえ。お前にも、選ばせてあげようか」
 その海と同じ色の瞳がこちらを見ている。
「でもまぁ、俺の希望は希望としてあるんだけどね」
 差し伸べられた手を取らない為の、言い訳が見つからない。
「レハト」
 誘われたなら、沈んだなら、その底には何が見えるだろう。
「おいで」

 そんなところに居ないで、こっちへおいで。

 招かれるまま引かれるように寝台から立ち上がれば、目の眩むような墜落感。


"pacta sunt servanda"

2010.03.29

pacta sunt servanda / 「合意は拘束する」ラテン語起源の成句。
友情エンドでかっさらいを妄想してみた。こんな具合かな?