*** 縫合

(「楽しい取引」発生:好愛・好友高:村印愛40:王△時市イベント「野心の在処」にて)




 こちらの正体を明かしてしばらくして、レハトが以前と比べて笑顔を見せないことに気付いた。口数も、もともと多い方じゃなかったのが更に減った。
 それが気分を害した訳でも不信を抱かれた訳でもないという判断に至るまでは、早まったか、しくじったかと多少やきもきしたが、そうじゃなかった。よくよく見てみりゃ陽性の反応を見せるのは菓子をくれてやった時ぐらいで、それもウケに差がある。かといって、こっちにマイナスの感情を抱いている風でもない。受け答えの傾向も今までと何ら変わりなく、ただ、表情がおぼろげなだけ。
 表情ってのはそれだけで高度な意思表示で、他人に対する気遣いだ。本心からのものであろうと、打算があろうと。自分は今これこれこんな具合の思いを貴方に対して感じてますよ、という無言の、しかし言葉より雄弁な伝達手段。笑顔ならば友好を、冷笑ならば軽蔑を。
 それを放棄すんのは、感情を自分の中で完結させ、他者との関わりを否定するに等しい。
 しかし今のところレハトに俺との関係を拒絶する理由は無い。どころか形を変えて今正に新たなるスタートを切ったばかり。
 拒絶でないなら。
 つまり、単に、素だ。
 ……気を遣う必要、全く無し。と、判断されたのは、まあ結構なことだけど、それはそれで問題かも。これでも人を見るのが仕事で、それで飯を食ってる。今までが気を遣ってたってんなら、俺が今まで脳裏に描いてたレハト像は何なのよ。
 交渉術の授業の際に、墓穴を承知で「最近疲れてんの?なーんか笑顔が減ったけど、」などと軽くカマをかけてみれば、すぐに「ああ別に、前までが装ってたとかって訳じゃないけど」というお返事が返ってきた。こっちの疑問なんか承知してやがる。可愛くない。
「単に、顔の筋肉動かすのがめんどくさいから、あんまりしたくないだけで」
 なんて怠惰なお子様だ。
「でもそれじゃ周りも無駄に気を使うし、そうなると結局は僕の損になることが多いから、普段はまあそれなりに」
 しかも損得勘定かよ。
「で、その健気な社会奉仕から、なんで俺は適用外なのかな?」
「だって、僕が泣こうと笑おうと、トッズには何の関係もないんじゃないの。お仕事なんだから」
 ああその通りだけどよこのクソガキ。
「そりゃね、俺はただの使いっ走りですよ。でもそういう小さいことからどんどん人はすれ違うもんよ?そんですごーく憎まれちゃって、雇い主さんにあることないことでっち上げられて邪魔者扱いされて消されたらどうすんの。お前さん、そのあたりもうちょい考えた方がいいんじゃない?」
「相手は選んでるよ。トッズなら大丈夫だと思ったんだけど?」
 そう上目遣いに見上げてくる。
「そういうことは、それこそ相手を選んでやってちょーだい」
 ほらみろ、という顔をされた。手管が通じない相手なら、やるだけ無駄だと言いたいのだ。こういうことはきっちり伝えてくれやがる。
 ああもう、本当に、可愛くない。


 そうして今日もまた、縮小営業モードの寵愛者様とご対面の市の日です。
 雲ひとつない青空の下、飛び交う客引きの声、芸人達の奏でる楽の音。雑多な音の中、行き交う人々。レハトは菓子をほお張りながら、そんな風景を眺めている。
 色々試して見た結果、バターの風味が強く、甘過ぎないものが最良のようだ。ちなみに果物入りのものにはお愛想程度にしか口をつけない。ちょっと前までなら何でも平らげてたくせに。
 無理矢理に放り込まれたこんな場所で、こいつがなんとか生きていく為に、出来る限りの助言はくれてやろうと思う程度には、俺はこの可愛くない寵愛者様のことが、多分気に入ってる。
 それでも時々、無性に苛々することがある。
 今日だってそうだ。
「……ともかく、お前さんは王様も刺激せず、野心的な貴族様たちも必要以上に近づけさせず、どっちにも良い顔をしておいしいとこどりで暮らしていきたい訳ね」
 こくり、と口一杯に菓子をほお張ったレハトは頷いた。早く呑め。
「それはそれで結構難しいよ。しっかり交渉術を今のうちに学んでおきな」
 ひら、と掌を上げやがる。
「その辺はセンセイ、今後も宜しくお願いします」
「……しかしなー、それでお前さん本当に満足なのかなー」
「何が言いたいの、トッズ。別に思惑なんかないってば」
「や、そこは別に疑ってないけどね」
 ……こいつを見てると、どうにも苛々する。もっと他に上手い遣りようがあるだろうに。多分わかっていて、しない。満足できないのは、単に俺の方だ。もっと引っ掻き回してやりたいとか思わないのかね。
 普段からこいつは多分、人より色んなことを感じて、思ってる。腹の中で色々くつくつ煮込んでいる。鬱屈を溜め込んでるのが、なんとなくわかる。
 何だって、そんなんで、大人しくしてんだか。
「……お前さん、ひょっとしてあれだ。自分でもどうしたいのか、よくわかんないんじゃないの」
「かも知れない」
 やけにあっさり吐いたな。
「でも、一番居たい場所に居られないのなら、何処に居たって一緒でしょ」
 そういってレハトは、遠い目をする。いつか自分の住んでた村の話をしてくれた時みたいに。俺の旅先の話を聞いている時みたいに。
 ……国中何処へ行っても何を見ても、自分が変わらなかったように、何処にも居られなかったように。きっとこの子供も今更変わらないし、何処にも居られない。世界が全部引っくり返るような瞬間なんて、居てもいいと許される場所なんて、どんだけ待ち望んだって、そうそう出会えるもんじゃない。
 残念ながら。でも、強いて言うなら。
「……あれだ。お前さんは、恋でもすりゃいいよね」
「何なの、その話題の飛翔っぷりは」
「世界がね、一瞬で色彩豊かに変わるっていうじゃない」
「そんな思いをしたことはない訳ね。伝聞で語るということは」
「ん?レハトってばトッズさんの恋愛遍歴に興味深深?」
「寝言は寝てから言ってよ。心底どうでもいいよ」
「えー、俺は今正にレハトに首っ丈なのにー」
「棒読みで言われても。それに、それは別に恋じゃないから」
 お仕事だからでしょ、と、こちらをちらりとも見ないツラにきちんと書いてあるのがやたらと面白い。ちょっとスネてやがんのが痛快だ。意思表示をサボッてはいるけれど、無理に隠そうとしている訳じゃない。単にそれすらも面倒なのかもしんないけど、ここはまあ良い方に解釈して、気を許して頂いているのだと思っておこう。
 まあね、そりゃね。恋じゃないかもしんないけどね。
 何せお前は神様の映し身である寵愛者様で、こちらは汚れに汚れた犬っころ。空と大地と同じぐらいかけ離れたところで生きてんのに、そんなことよーくわかってんのに。
 この瞬間、誰よりも近くで、似たような気分でいるような気がするんですよ。恐れ多くも。

 欲しいものを手に入れる術を、生まれ落ちたその時に奪われた。
 どうにも、救われない。
 お前も、俺も。

 レハトの視線を追った先では、陽気な音楽に合わせて、道化が幾つもの玉を同時に宙に投げていた。色とりどりの玉はまるで自ら空へ飛び上がるように舞っているのに、決して繰り主の手から取りこぼされることはない。
 切り抜かれた空の下、見事に繰られ描かれる軌跡を、俺達は並んで、一緒に、ただぼんやりと眺めていた。

 

"That's what we are made of."

2009.10.18

違う…。友情ルートって…もっとこう…。
凪ぎレハト。ルートが違うだけで愛情ルートの暴風レハトと多分同じ子。つまり、これが恋をするとああなり、あれが恋をしないとこう。
このままダラダラBエンドでも、トッズに焚きつけられてAエンドでも。