*** 眩しい

(中庭占い:友操作3回以上)

 市の空気は変わらない。
目の前を通り過ぎていく足が舞い上げる、からりと乾いた砂埃と、揚げ菓子の油が入り混じった黄色い匂い。おなじみの場所だ。現実だろうと、夢だろうと。だったら、どっちでも同じだった。
 片手の中に硬い感触がある。そっと握って、硬貨が何枚あるのか確かめた。体温と汗で温んだそれが、今の自分に「できること」だ。
 色とりどりの敷布の上に広げられた得体の知れない物たちと、我先にそれを覗き込もうとする大人たちの間をすり抜けて、早足で歩く。目に映るきらきら輝く陶製の瓶や、うっすら埃を被った鍵の値踏みに夢中になっていると、誰かの足が額にぶつかりそうになって慌てて避けた。ちろりと舌を出して、さっさと別の露天に視線を移す。些細なことにかかずらっては居られない。こちらは急いでいるのだ。ちりちりと胸の奥で何かが自分を急き立てる。何を、と具体的にわかっている訳ではないが、何かを見つけなくてはいけない。今ここにある店と品と店主を、全部見て回ってからが本番だ。
 誰もが自分の望みに叶うものだけを探して、足元の薄汚れた子供には目もくれない。交わされる中身のない言葉と、無軌道に動く人々を何とか避けながら、乾いた欲望と熱気にひとり溶け込むように歩く。こちらは見られずに、こちらからは存分に見ることが出来る場所。好奇心が満たされて、欲しい物も手に入れることが出来て。
 だから、市は好きだった。
 小銭をぎゅっと握り締めた、小さな子供の、自分の手を眺める。

 ふと足を止めた途端に、とん、と肩を小突かれた。急いで振り返ると、同じ高さで目線が合う。にっこりと笑うその見知った顔に、涙が出る程安心して、そのことに驚いた。
 こんな気持ちを感じる必要は、ない筈だった。
 何かを痛いほど思い知っていた筈なのに、それをさっぱり忘れてしまったような違和感と欠落感に目を瞑って、からっぽの方の手を広げて相手の目の前に突き出す。
 一日は短い。人生も短い。呆けているような時間は自分たちにはないのだ。早く。早く。

 迷わずとられた手に、にやりと笑い合うと、細い手をぐっと引いて、競い合うように駆け出した。さっきまでやたらと邪魔くさかった通行人も、もう気にはならない。
 ついさっきまで腹にわだかまっていた焦燥感が消えていることに気がついたけれど、すぐにそれも忘れてしまった。

 ああ、そっか。
 ずっと、お前がいたらな、と、思ってたんだ。


2011.01.29


装甲薄め。夢だし。