*** 芽吹いた種

(お好みの状況を想定して下さい)

「トッズ。聞きたいことがあるんだけど」
「んー?何?レハト様のお望みならなんなりとお答えしますけど」
「人を殺す時ってどんな気持ち?」
 そう来るか。
 人払いを済ませた途端に勝手に椅子にかけてくつろぎきったトッズに対して、極々普通の調子でぶっ飛んだ質問を投げかけたレハトは、慣れた手つきでトッズの分と自分の分の茶を淹れている。
 呆れるのと引くのと感心するのを同時に処理するのに一瞬だけ手一杯になって反応の遅れたトッズの顔を見て、レハトは小首を傾げた。どうかした?とでも言いたげな仕草だ。こちらを見ている眼は、ただ知りたがっている。
 無造作に、臆せずに問いを投げるのはレハトの癖だった。誰に対してでも、どんな時でも。そこがトッズには疎ましくもあったが、ほんの少し、羨ましくも好ましくも、眩しくもある。知らない方がいいことも世の中にはあるのに。
 ねえ、なんで密偵なんかしてるの。
 どうして、まだここに居てくれるの。
 答えにくい質問に限って、やたらとまっすぐに。
 ……そういうとこは、変わんないのにね。
 未分化の、あの頃のレハトと今のレハトは繋がっている。そんな当たり前の事が、最近トッズにはわからない。当然のように女を選択したレハトの篭りが明けて、初めて顔を合わせた時に笑ったその顔は、確かにレハトのままだった。いつの間に、何を考えてるかまるで読めなくなってたんだろう。誰にでも綺麗に笑ってみせて、その気になれば色気も零せる、全然食えない女になっちゃって。
 そうさせてるのは俺だけど。
「さぁて、な。どんなもんかなぁ」
 妙な立ち位置の自分が傍にいない方がレハトの為かもしれない、という自覚はあった。けれど、少なくとも自分から離れてやるつもりは今のところない。
 だからトッズは出来る限りは、真面目に答えてやる。
「俺は手だもん。手は物を考えない。動くだけ。誰かにとって邪魔なものを取り除いたり、頼まれたお仕事にとって障りになるものを取り除いたり。……ま、殺意を抱いた張本人が、自分の手でってんなら、なんかしらの感慨もあんのかもね。そういうのは、やったことないからわかんないな」
 そっちの方が、普通なのかもしんないけど。ぼんやりとそんなことを思ったが、口にはしなかった。当たり前のこととはあまり縁がない人生だ。
 そんな自分以上に、普通からかけ離れた一生を産まれた時点で既に用意されていた女を手招きしてみる。レハトは訝しげな顔をしつつも寄ってきた。
「ね、気分だけでも体験してみる?」
 手を取り、その指を自分の喉元に這わせてやる。重ねた掌で然るべき位置に指先を誘導し、少し強めに抑えてやる。
「そこ。と、そっちもうちょっと下かな。抑えて」
 自分にはないパーツに興味を引かれたのか、喉仏を親指の腹で強めにこすられる。軽くえづきそうになるのを堪えて、目を閉じた。視界を自ら塞いだ瞬間、目の前に居るレハトの気配を強く感じる。
 馴染んだ気配だ。子供の頃から傍に居て、時には抱いた体だ。
「……力、入れてみて」
 促すと、素直に指に力が込められた。動脈と気道が塞がれて、自分の血の流れる音がざあざあと耳の中で鳴り響く。レハトが椅子に膝を乗り上げたのか、掛けた椅子がぎしりと揺れた。
 なんだ、お遊びでもけっこー気分出してんじゃん。
 どんな顔しているのか見てみたい、と瞼を開けた途端にあっさりと指は解けた。大げさにげほっと呻いてみせて、違和感の残る喉を少し強めに擦る。レハトは床にとさりと座り込んで、トッズの膝に腕と頭を預けた。
「よく、わかんないな。私は別に、トッズを殺したい訳じゃないし」
「あー、それ聞いて安心したわ」
 片手で膝の上の頭を撫でてやりながら、もう片方の手で自分の首をさすった。赤くなってるかな。痕にはなんないだろうけど、引いてからでないと部屋出れないかな。
 しばらく髪を撫でていると、満足したのかレハトはよいしょと立ち上がった。しれっとした顔で、自分の指を撫でている。
「ねーねーでも別にそんなことさー、お前は知らなくてもいいんじゃないのかなー」
 離れようとする女の白い指先を手にとって、つやつやした爪の先に口付けてやると、微かに笑いの気配がした。
「名前だけでも教えてくれりゃあさ、俺が良いようにしとくよ?」
「いいよ。……でも、そうだね、名前は」

 つけてあげてくれる?

 そう耳元で囁かれ、弾かれるように顔を上げたトッズの目の前で、今まで見たどんな顔より鮮やかにレハトが微笑んだ。
 母親の顔で。

初出 2010.03.21
加筆 2010.07.31


多分憎悪EDではないあたりが一番ひどいところ。